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福井地方裁判所 昭和30年(行)1号 判決

原告 大橋正吉

被告 白河市

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金一九五、七三七円四〇銭を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

一、原告は昭和二三年三月七日から旧自治体警察白河市警察署に勤務していたが、昭和二七年三月九日白河市警察長から懲戒免職処分を受けた。そこで原告は白河市公平委員会に対し不利益処分の審査を請求し、また福島地方裁判所に対し右懲戒免職処分取消の訴を提起したが、昭和二八年四月八日警察長に対し退職願を提出した。当時の警察長本内栄蔵はみずからさきの懲戒免職処分の法律上の瑕疵を認め、同年一一月三〇日職権をもつて同年四月八日附でこれを取り消すとともに、あらためて原告を戒告処分に付したうえ、同日附で依願免職した。

二、右懲戒免職処分取消の効果は既往にさかのぼり、これによつて原告はさきに失つた地方公務員としての地位を回復し、昭和二七年四月から昭和二八年四月八日依願退職するまでの俸給の支払を受けるべき権利を回復取得した。

そこで被告に対し別紙俸給計算書のとおり俸給金額合計金一九五、七三七円四〇銭の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べ、

右懲戒免職処分の取消が無効であるという被告の主張に対し、

一、警察長はみずから法律上の瑕疵を認めて懲戒免職処分を取り消したのであるから、政治的解決であることを理由に法律的効果が生じないということはできない。

二、一般に公務員の懲戒処分は利害関係人の参加する手続によつて行われるものではなく、また所謂確認行為にも属しないから確定力を有しない。行政行為の確定力とは争訟手段をもつてこれを争い得ない時、または争訟による裁判が確定した時において初めて生じるものであつて、いまだ争訟によつて争い得る間は単に所謂公定力を有するに過ぎない。本件の場合は、さきに主張したとおり懲戒免職処分取消の行政訴訟が係属中で、従つて右処分は未確定の状態にあつたのであるから、処分庁である白河市警察長が、その法律上の瑕疵を認めてこれを職権で取り消すことができるのは当然である。しかも懲戒免職処分の取消の如きは単に当事者の不利益を除くに過ぎない行為であるから、何時でも自由にこれをすることができるものである。

三、白河市においては、昭和二八年九月二八日「日本国との平和条約の効力発生に伴う白河市警察職員の懲戒免除に関する条例」が公布施行されたが、右条例は、昭和二七年四月二八日前の行為について懲戒処分を受けた白河市警察職員に対し将来に向つてその懲戒を免除することを規定するだけであつて、既成の効果を消滅させるものではないから、原告に対する懲戒免職処分の取消は右の効果を消滅させる利益がある。

四、懲戒委員会は白河市公安委員会訓令に基く白河市警察基本規程によつて設置されたところの警察長の諮問機関に過ぎない。従つて懲戒権者である警察長がその諮問を経ずにさきの懲戒免職処分を取り消して戒告処分に付したとしても、それはその処分を無効にするものではない。しかも右処分を行うにあたつては、公安委員長青村鉄太郎及び公安委員巻憲孝(当時公安委員の現員はこの二名)が立ち会つてこれを承認しているが、懲戒委員会も右の両名で構成されていたのである。

以上の理由で、右懲戒処分の取消は、有効である。と述べ、

さらに被告の主張に対し

一、原告はその俸給請求権を放棄したことはない。すなわち、懲戒免職処分の取消にさき立ち、警察長本内栄蔵及び白河市長中目瑞男から「原告に対しては別途に若干金員を給付するから、原告の昭和二七年四月一日から昭和二八年四月八日までの俸給は白河市に対し無条件で寄附願いたい。」との申出があつたので、原告は、昭和二八年一一月一八日これを承諾し、同月二一日白河市警察署で、白河市長ら立会のもとに右本内栄蔵から提示された「解決書」なるものに署名した。右「解決書」には「原告は昭和二七年三月九日から昭和二八年四月八日までの俸給を要求しないこと。」との条項が記載されてあつたが、原告は、それはさきのとりきめによる原告の寄附採納の手続上便宜の措置によるものであると思つて、それに署名したのに過ぎず、俸給請求権を放棄する意思ではなかつた。しかしその後被告は原告との約束を履行せず右の寄附採納手続をとらなかつたので、原告は昭和三〇年一月三〇日被告に対し寄附採納願を取り下げる旨の意思表示をした。

二、仮りに原告が俸給請求権を放棄する意思表示をしたとしても、それは無効である。すなわち一般に公務員の俸給権は公法上の権利であるから、権利者が任意にこれを放棄することは許されないのである。

三、仮りに一旦は有効に俸給請求権を放棄したものであるとしても、右は警察長及び白河市長が、原告の俸給について寄附採納手続をとる意思がないのにかかわらず、寄附採納の便宜の措置であると原告をだまして俸給請求権放棄の意思表示をさせたものであつて、右は詐欺によるものであるから本訴でこれを取り消す。

四、被告は、被告側のとつた恩恵的措置にもかかわらず原告が今更俸給を請求するのは信義に反すると主張するが、原告に対する懲戒免職処分後昭和二七年四月二八日法律第一一七号「公務員等の懲戒免除等に関する法律」が公布施行されたので、右懲戒免職処分についても当然同日から適用され、原告は直ちに退職金、恩給などの支払を受けるべきであつたのにかかわらず、被告は故意にその手続を怠つていたものであつて、昭和二八年一一月三〇日になつてようやく懲戒免職処分を取り消し、しかもそれが恩恵的措置であるというのは、もつてのほかである。なお被告は原告に対し退職金五三、五三四円を支給し、恩給年額金五一、六〇〇円の決定をしたに過ぎない。

と述べた。(立証省略)

被告は、主文同旨の判決を求め、原告の請求原因事実のうち、警察長がみずから懲戒免職処分の法律上の瑕疵を認めたとの点、その取消の結果被告は主文同旨の判決を求め、原告が俸給請求権を取得したとの点は争うが、そのほかの事実はすべてこれを認める。

しかし、次の理由によつて懲戒免職処分の取消は効力を生じない。すなわち

一、警察長はさきの懲戒免職処分の法律上の瑕疵を認めたのではなく、原告の社会的立場並びに将来を考慮し、その政治的解決としてこれを取り消したものに過ぎないから、右取消は法律上の効果を生じない。

二、一般に公務員の懲戒処分のように利害関係人の参加する手続を経て行われる確認行為は所謂確定力を有し、法定の手続によつてその瑕疵を争つて取消を求めることが許されるだけであつて、職権で取消、撤回などをすることは許されない。従つて懲戒免職処分取消は無効である。

三、白河市においては、昭和二七年法律第一一七号「公務員等の懲戒免除等に関する法律」に基いて、昭和二八年九月二八日「日本国との平和条約の効力発生に伴う白河市警察職員の懲戒免除に関する条例」が公布施行されたが、その第二条は「白河市警察職員(この条例施行の日前に職員でなくなつた者を含む)のうち昭和二七年四月二八日前の行為について法令及び法令に基く条例に規定する懲戒処分を受けたものに対しては将来に向つてその懲戒を免除し、同日前の行為についてまだ法令及び法令に基く条例に規定する懲戒処分を受けていないものに対しては懲戒を行わない。」と規定している。原告が懲戒免職処分を受けたのは昭和二七年三月九日であつて、右条例の規定する昭和二七年四月二八日前の行為について懲戒処分を受けたものであることが明らかであるから、右懲戒免職処分は右条例の施行によつて、格別の手続を要せず、当然に免除されるとともに、もはやその行為についてはあらたな懲戒処分を受けることがなくなつたのである。それにもかかわらず、白河市警察長が右条例施行後の昭和二八年一一月三〇日さきの懲戒免職処分を取り消したうえ、同一の行為についてさらに懲戒々告処分をしたことは、右条例に違反して責を問うことを得ない行為について懲戒処分をした違法があり、従つて警察長のした右懲戒免職処分の取消、懲戒々告処分は無効である。

四、原告の懲戒免職処分取消、懲戒々告処分は、正規の懲戒委員会の決議を経ないで行われたものであり、従つてその手続に瑕疵があるから無効である。

さらに

一、仮りに懲戒免職処分取消の効果が発生したとしても、原告は右の取消にさき立ち、昭和二八年一一月二一日附「解決書」をもつて白河市警察長及び白河市長に対し、原告が右取消処分によつて公務員たる地位を回復した際に支払を受けるべき昭和二七年三月九日から昭和二八年四月八日までの俸給請求権を放棄する旨の意思表示をした。だから原告はもはや右俸給の支払を請求することができない。

二、原告はその後右放棄の意思表示を取り消したが、白河市としては右放棄の意思表示に基き既に事務処理済であるから、右取消の効力は生じない。また右放棄は詐欺によるものではない。

仮りに右放棄の取消が効力が生じるものとすれば、警察長は原告の俸給請求権の放棄を前提としてその懲戒免職処分を取り消したのであるから、右取消処分には要素の錯誤があり無効である。

三、懲戒免職処分後、原告において謹慎の実が挙つたので、警察長本内栄蔵は懲戒免職処分は原告の将来に影響するところ多く、また公務員退職金及び恩給を受ける資格を失わせるものであることを考慮し、原告に対する恩恵的方法としてさきの処分の変更を考え、原告が昭和二七年三月九日から昭和二八年四月八日までの俸給請求権を放棄すること、懲戒免職処分取消請求訴訟、不利益処分審査の請求などを取り下げることなどの条件を呈示したところ、原告はこれを承諾し、右訴訟などを取り下げたので、懲戒免職処分を取り消して戒告処分にあらため、依願退職にしたものである。これによつて原告は一旦失つた資格を回復し、退職金約金一〇七、〇〇〇円を受け取つたほか、年額約金八三、〇〇〇円の恩給を受けることになり、当時その措置に対し感激の極にあつたにかかわらず、その後右の恩義を忘れ、俸給を請求することは著しく信義に反して許されないものというべきである。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告が昭和二三年三月七日から旧自治体警察白河市警察署に勤務していたところ、昭和二七年三月九日白河市警察長から懲戒免職処分を受けたこと、そこで原告が白河市公平委員会に対し不利益処分の審査を請求し、また福島地方裁判所に対し右懲戒免職処分取消の訴を提起したこと、原告が昭和二八年四月八日警察長に対し退職願を提出したところ、同年一一月三〇日当時の警察長本内栄蔵が職権でさきの懲戒免職処分を同年四月八日附で取り消すとともに、あらためて原告を戒告処分に付したうえ、同日附で依願免職したこと、以上の事実は当事者間に争がない。

成立に争のない乙第三号証と証人青村鉄太郎、本内栄蔵の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告はもと白河市警察署勤務の旧警察吏員警部であつたが、白河市警察長は、原告に警察職員としてふさわしくない非行があつたことを理由として同署に設置されている懲戒委員会(公安委員会と同一の構成)の審査手続を経たうえ昭和二七年三月九日同人を懲戒免職処分に附したこと、ところが原告は冒頭認定のように白河市公平委員会に対し不利益処分の審査を請求し、また福島地方裁判所に対し右懲戒免職処分取消の訴を提起したほか、福島地方法務局白河支局に対しても人権侵害審判を申請するなどこれを争う態度に出たので、警察長本内栄蔵及び公安委員長青村鉄太郎らは、このように警察内部の問題で紛糾を続けることは市の治安上好ましくないことであるし、またその後において原告が過去の行為を反省し陳謝の意を表して来たので、原告にとつても懲戒免職処分ということであると将来再就職その他の点で不利益を被ることになるからこれを取り消すのが本人の利益であると考え、種々の事情を考慮しこの際一挙に右懲戒免職処分にまつわる不明朗な問題を解決しようとし、原告との間で昭和二八年一一月二一日白河市長中目瑞男ら多数立会のうえ、

一、警察長は昭和二七年三月九日附懲戒免職処分を取り消すこと。

一、警察長は原告が昭和二八年四月八日提出した退職願を認めること。

一、原告は昭和二七年三月九日から昭和二八年四月八日までの俸給は要求しないこと。

一、原告は本問題に関する一切の訴訟事件を取り下げること。

一、当事者双方は右の各条項をもつて和解し、爾後この問題についてはなんらの異議も申し出ないこと。

以上の各条項記載の「解決書」を作成し、双互に右の約束が成立したこと、そして右の約束に基いて原告は白河市公平委員会に対する審査請求、福島地方裁判所に対する訴などを取り下げた(右「解決書」の作成、取下の点は当事者間に争がないところである。)ので、警察長本内栄蔵は同月三〇日冒頭認定のように原告に対するさきの懲戒免職処分を取り消し、あらためて戒告処分に附したうえ、依願免職したこと、以上の事実を認定することができる。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで先ず右取消の効力について考える。

一般に右のように適法の手続を続て行われた懲戒処分は、爾後警察長においてこれを任意に取り消すことは勿論許されないが、処分の違法または不当を是正するため相当の必要があると認められるときは職権で取消、または減免することができるものと解されるのであつて、前記認定事実によると警察長は当時の事情一切を考慮し最も適当な措置としてさきの処分を取り消すに至つたことが認められるほか、右取消処分が違法であると断定するような事実は窺い知り得ないところであるからいちがいにこれを違法もしくは無効と判断することはできず、右の事情のもとでは一応取消の効力が生じたものと扱うのが相当であると考える。そして右取消処分にあたつては警察長において原告の訴訟の取下などを条件とし、多分に政治的解決の意味を持つていたと認められることは前記のとおりであるけれども、それはいまだ右取消処分を無効とするものとは考えられない。次に被告は、一般に公務員の懲戒処分は利害関係人の参加する手続を経て行われる確認行為に属し、所謂確定力を有するから職権でこれを取り消し得ないと主張するが、本件の懲戒免職処分は地方公務員法(昭和二九年法第一六三号による改正前)第六条、警察法(昭和二九年法第一六二号による改正前)第四八条に基く懲戒権者である警察長が昭和二五年白河市告示第一九号「白河市警察基本条例」(乙第八号証)、昭和二四年白河市公安委員会訓令第三号「白河市警察基本規程」(乙第七号証)に定められた懲戒委員会の審査を経て行つたことは前記認定事実に照らし明らかであるが、右懲戒委員会は右の条例、規程により警察長の懲戒処分の適正を期するため、警察内部に設置された機関であつて、必要な調査を行つたうえ懲戒処分の種別、程度を決定して警察長に勧告し、警察長はその勧告より軽くすることはできるが重くすることはできないという制限のもとに懲戒処分を行うことと定められているに過ぎないのであつて、その手続の構造、性質の点から見ても、それによつて右の懲戒処分が利害関係人の参加する手続を経て行われる所謂確認行為の性格を帯びるものとは云えない。勿論講学上行政処分の実質的確定力もしくは不可変更力という効力を有するものではないと解されるから、被告のこの点の主張は理由がない。

さらに、白河市においては昭和二七年法律第一一七号「公務員等の懲戒免除等に関する法律」に基いて、昭和二八年白河市条例第二二号「日本国との平和条約の効力発生に伴う白河市警察職員の懲戒免除に関する条例」(乙第九号証)が昭和二八年九月二八日公布施行されたが、同条例第二条は「白河市警察職員(この条例施行の日前に職員でなくなつた者を含む。)のうち昭和二七年四月二八日前の行為について法令及び法令に基く条例に規定する懲戒処分を受けたものに対しては将来に向つてその懲戒を免除し、同日前の行為についてまだ法令及び法令に基く条例に規定する懲戒処分を受けてないものに対しては懲戒を行わない。」と規定している。そして右懲戒免除の効果は、将来に向つて生じるものであつて、既成の効果を遡及的に消滅させるものではないこと明らかであるから、警察長において昭和二七年四月二八日前の懲戒処分を取り消すことはなんら差し支えないところである。また原告は単に懲戒免職処分を取り消されたのではなく、さらに戒告処分に付されたことは前記認定のとおりであるが、その効力は別途区別して考えるのが相当である。

また被告は、右取消処分は懲戒委員会の開催決議を経たものではないから無効であると主張するが、仮りに懲戒委員会の議を経なかつたとしても、本来の懲戒権者は警察長であること並びに懲戒委員会の前記の性質からみて、懲戒処分の取消、減免などの処分は警察長において単独ですることができると解されるから、右主張も理由がない。

成立に争のない甲第三、第四号証、証人青村鉄太郎、本内栄蔵の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は前記認定のように懲戒免職処分の取消にさき立ち昭和二八年一一月二一日「原告は昭和二七年三月九日以降昭和二八年四月八日までの俸給は要求しないこと。」の約束を警察長、白河市長らとの間で結んだが、これはその俸給請求権の放棄、すなわち被告の俸給支払債務の免除を意味するものではなく、懲戒免職処分取消の後に支払を受けるべき俸給金額についてあらかじめこれを白河市に対し寄附すること、そして取消処分によつて俸給請求権が発生した際には原、被告間でその俸給金額の現実の授受手続を省略し直ちに右寄附の効果が生じることとする旨の趣旨に双方共了解していたこと、以上の事実を認定することができる。

そうすると同月三〇日行われた取消処分によつて既に右寄附の効果は生じたものと考えられるから、爾後被告白河市内部において寄附採納の事務処理上どのような措置がとられるかを問わず、もはや原告はその俸給支払を請求することはできないものと解されるのである。

原告は被告は原告との約束を履行せず右の寄附採納手続をとらなかつたので昭和三〇年一月三〇日被告に対し寄附採納願取下(取消の意味と解する)の意思表示をした旨主張するが、右に寄附とは性質上贈与に準じて考えられるべきものであるが、前記「解決書」の記載自体により原告の俸給金額贈与の意思が明らかであるから、書面による贈与と同視され、原告において任意にこれを取り消すことは許されず、また被告にはなんら債務不履行の存すべきいわれもないから原告の主張は理由がない。

そうすると原告はその俸給の支払を請求することができないことが明らかであるから、その支払を求める原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 羽染徳次 長田弘)

(別紙省略)

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